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えー、めざしです。
もちろん干物の、です
よく見て欲しい。
尻尾がないのがお解りだろうか。
パック時を写真におさめなかったのが残念でならない、、、
まさかこんなことになっていようとは、思わなかったから。
このめざしは「TV」商品でおなじみのスーパーから購入してきた。
#「テレビ」ではない、わかる人だけ分かってください。
長方形を横置きにしたトレイに、縦に8尾ならんでおり、
横置いたトレイの下部、つまりめざしの尻尾の上には、バランが装飾されていた。
バランとは、弁当などに入っている緑の竹っぽい葉を模した仕切り、あれである。
いざ食べるために、パックをほどいて、思わず「目が点」状態になった。
「え・・・」 写真のとおり尻尾は切られており、なんだか不良品のような印象。
「ちょっとちょっと奥サンッ」と冷蔵庫を覗いていた母を呼びつけ、
二人で、「なんじゃこりゃ~~!?」である。
(1)
どうよ? どうなのよ?
尻尾のないめざしなんて、売っていいわけ?
トレイに乗らないサイズだからって、きっと誤魔化したのね!
しかも尻尾がないことを隠すかのようにバランを施し、
あたかも正常品のように装い売りつけるなんて、信じられない~~~~(`д´)ノ
(2)
う~~ん、別に尻尾なくてもめざしだし、尻尾食べるわけじゃないしね?
どうせ焼いたら尻尾なんて焦げちゃって屑が食卓におちちゃうわけで、
それなら最初からない方が親切といえなくもないよね?
むしろ頭切られるよりヨカッタよね?
しかし、しかしである。
アジ開きの干物だって、頭が無いものがあっても尻尾ナシは見たことが無い。
たかがめざしの尻尾である。
しかし、されどめざしの尻尾。
不思議と、欠陥品を食べるような気持ちなのだ。
網に並べてもなお、納得いかなぁ~~~いwww と唸る二人。
いざ焼きました。
さぁ食事です。
皿に盛られためざしは、なんとなく寸足らずである。
確かに焦げた尻尾が食卓に散らかる事も無く、良いような錯覚。
だが、やはり干物とはいえ焼き魚に尻尾がないのはイカン!という結論。
食べる時に掴むところがないではないか!
本気でスーパーに投書しようかと考えた今日この頃。
恐るべし流通本位社会。
トレイにのらないからといって尻尾を切り落とした干物なんぞが、
平気で売られている、しかも消費者を欺くかのような小細工を施して、だ。
箱に並ばないから曲がったきゅうりはいりません、と同じなのだろうか。
すこし背の高い(?)めざしは足(?)を切られて運ばれてきたわけだ。
一回りおおきなトレイでは、きっとコストが合わなかったか大きすぎで、
梱包に不向き、と却下されたのだろうと私は考える。
自然の恵みである農水蓄産物のすべてに規格規格と目くじらを立て、
日本人は曲がった野菜は食べない等という恥辱的なレッテルを張られてもなお、
流通コスト削減のために、キレイに並ぶ規格を追及することを、私は疑う。
全てをパック詰にして、万が一食中毒でも起きようものなら困る、
とばかりに消費期限を貼り付けて、販売者は責任逃れの道を確保する。
食い物くらい自己責任で飲み食いしやがれっての。
余談になったが。
ほんとうにイヤな世の中だなぁ、と悲しくなってみたりもした。
こんなことしてまで、トレイに乗せなきゃいけなかったのか、
しかもそれを誤魔化すなんて、、、売る側の誠意もないにも、まったく感じられ
ない事に、ほんとうにガッカリもした。
みなさんは、どう思うのだろうか。
ンなことどーでもいい?ほんとに?
念のためバラン↓
http://www.appui.jp/cgi-bin/demo_asahi/scene.cgi?type=1&sub_type=4
ど~もこんにちは(≧∇≦)クッキーはプロ並みのカタンです。(マテ
【えっ!?】シフォンケーキ初挑戦?
はい、そうです。
お菓子作り歴長いですが・・・大昔、ほんとの初挑戦でスポンジケーキが作れなかったことが尾を引いて、それ以来スポンジ系のケーキ焼いたことがありませんでした。
しかし、先に書いた通販で、シフォンのアルミ型をgetしたのでいよいよ!満を持して挑戦じゃ!w ってことで今日、やっつけました。
絶対に失敗しないシフォンケーキとかゆう本をアテにして、作ります。
生地ができて、型に流し、オーブンにセット!
・・・
・・・・・
おおい、なんか膨らみすぎてないですかーっ!
まるでキノコ帽子かぶったタルタr・・・
なんだか不安になって本を見ます。
ページをめくると、まとめFAQに注意書きがありました。
生地は7分目くらいで最初試してみましょう
Σ(゚Д゚) そ、そんなw
そーゆうことは、写真つきで丁寧に解説してあるページにも記載してくれないとこまりますぅ~( ̄▽ ̄)
分量どおりつくってるんだから、全部いれちゃってますから~~~~っ orz
分量どおりでも、8.5分目くらいあった生地・・・
まぁ、キノコ帽程度でしたから、あふれなかったのが幸い。
あとはウチのオーブンの加減。
表記の温度180度より低めで焼いたにもかかわらず、微妙に焼けすぎてました。
それでもめげずにホイップクリーム作ってカスタードクリームつくって。
コーヒーも淹れて、さっきアフタヌーンティしましたよ。
周りの色がコゲっぽいのが解かるでしょうか・・・そこだけがちょっと残念でしたが、
他はまぁまぁ
でも、今回の評価は、「努力しましょう」な結果。
ぬぉ~、次はもっと美味しく焼けること間違いなし。
今回で得た経験値は、かなり大きかったです。
みんなに食べさせたいね~♪
ウチは、墓地の隣に建っている。
隣も前も墓地である。
新しい売り出し区画はもうナイわけだが、まだ墓が建たず空き地の区画がいくつかある。
そんななか、道筋に一番近いひとつの空き地に墓屋がやってきた。
おそらく分譲区画の2区画分の広さだ。
(そうか、ここ一家分だったのか・・・的な広さ。)
とにかく車一台がやっと通れるほどの道を挟んだ隣が墓地なわけで、
墓屋がくると、そりゃもううるさいわ埃っぽいわで大変なのである。
その場を見たことのない人にはわからないかもしれないが、
工事現場と同じようなもんだと思って構わない。
基礎、セメント練り左官工事、石切り、石削り、、、
とにかく石を切るときに出る粉塵といったら始末に終えない。
どうして工場で切ってこないのか、甚だ憤慨気味であるが、なぜか現場で必ず切るのだ。
当然現場であわせて切るのだろうけれど、そんなことは分かっているが却下。
電気を使うため、発電機を動かすので、エンジンの排気とともに音もヒドイ。
石塔を建てる時には、ユニックのみならずクレーンまでやってくる。
運ばれてきたのは、おそらくこの墓地一番の黒さだと思われる石。
御影石は黒いほど良いのだろうか?
彫りの施された石灯篭まであつらえてある。
入口から回り階段のように90度上るのだが、欄干にも装飾が施されている。
とうぜん、上がった先の床材にも彫刻が入っている。
いよいよ墓石の建て方という日。
運ばれてきたのは、銘が入る表面を、彫り込んである石塔であった。
ちょっと分で説明するのは難しいのだが、、、
普通、墓石は平たい表面に「***家之墓」等と文字が彫ってある。
そこを、まず淵だけ残して文字を彫る面を一段下げてある状態にして、
その掘り下げた面に、文字を彫るわけだ。
お盆のようになっていると思ってもらうといいかも・・・
飾り彫りで銘の入っている墓は、この墓地には、他には無い。
つまりとても珍しい高級墓なのだ。
こうなると、やはり近所の野次馬根性は黙っていない。
墓屋が最後の仕上げに来ていて、ウチにはちょうど来客が3名ほど重なっていたときだ。
気候もよく、帰り際に事務所の玄関をでた所で立ち話になった。
これだけ立派な墓なのだからして、一番気になるのは、お値段だ。
ついみんな件の墓のほうへ足が向く。
野次A「立派なお墓ですねぇ~」
墓屋 「えぇー、いまどき珍しいです」
野次B「見事な御影石ですね~」
墓屋 「えぇ、めったにこの石はないですな~」
野次A「ねぇ~、高いでしょ?このお墓・・・」
墓屋 「へぇ、、、ええぇ、そうですねぇ、この飾り彫りの石塔がねぇ」
野次A「700万くらいするんじゃないの?」
墓屋 「ん~~、まぁ・・・高いですよ・・・」
墓屋は言葉を濁した。
つまり野次Aが尋ねた値段より、まだまだ高い、ということだ。
家が建つぞ・・・。
人の価値観はそれぞれだ。
たかが、死んでから骨入れて置かれるだけの石の塔に、何の価値があるのか、
疑う人は、少ないのかもしれない。
先祖代々の・・・由緒正しき***家の・・・
でも、骨じゃん。
・・・・と言ってしまうと身も蓋もないないのだが。
死者への弔い、というのは残された人の為のものだと私は思っている。
召された魂が、生きるも消えるも、残された人如何だと思っている。
その誰かに、死んでもなお、何かをしてあげたいのだろうなぁ、
死んでしまったからこそ、余計に何かをしてあげたいのだろうなぁ。
人は目の前に大切なモノがあっても、気がつかないことが折々である。
死人に札束を積み上げるより、生きている間にもっと、なにかこう、大事にして欲しい。
並以上に立派に見えたその墓が出来ていく様を見て、そんなことを考えた。
そのような行為を、蔑ろにしているわけでは、ない。
私は脳内で、二面三面からの考えを、論文的にまとめる癖がある。
そうやっているうちに、どれが自分の意見なのかよく解からなくなるのだが。
ほんとうはどうでもいいことを、あれこれ考えてしまうのだ。
そして、いろいろなことの真実を知りたい、と思っているのかもしれない。
暫く時を置いて、それを思い出したときに一番直感的に出てきた文節が、
印象的で、きっと自分の考えなのではないかとも、思う。
主題から離れてきたが、何かあると、それをつい文章化しようとする。
まったくの個人的意見と、差し障りのなさそうな一般論、批判的な態度、
賞賛しようとする肯定的な意見。
それぞれが思考回路から吐き出される。
二重人格、多重人格的な普段の立ち居振る舞いは、こんなところに由来している。
だから、どんな人なのかわからない、とよく言われる。
自分の意見がない、つかみどころのない人間だと、よく判断される。
全く話が逸れたが。
あのように立派な墓を建造してはみたものの、納骨以来誰も墓参りには来ない。
そんなことも七不思議的な疑問を私に投げかける。
墓って・・・・・
今回で第3回目となる「市民ミュージカル」である。
1回目の演題は憶えているが観てはいない。
2回目はあったことすら認識していない。
3回目は、観に行く羽目になった。
#大村市のシーハットの情報
http://www.seahat.net/
突然アクロバットリーダを要求するスゴイ頁である。
正直、市民ミュージカルなんて興味なかった。
知り合いのオッサンの孫が出るから、とチケットを売りつけられたので、
仕方なく母と出かけた。
第3回目の演題は「どあろ」
「どあろ」ってなんだ?と御思いの方がほとんどであろう。
簡単に説明するとこれは方言で、しかも短くなったやつで、正確に文字にしてみると多分、
「どうあろう」なのである。
意味的には、(そんなこと)かんけいない とか、(そのくらい)たいしたことない的な・・・
いろいろな場面で使われる、便利な感情表現の単語で、たとえば、
ケンカ的に「これ以上なぐると死んじゃいますよ?」な場面では、
「ど~あろ、しったこつか!」※知ったこっちゃない
人に迷惑かけてかけて、更にかけちゃうよ~的に「すいませんすいません;」な場面では、
「ど~あろ、気にせんちゃよか~」※きにしないでいいよ~
戦中から始まる物語。当然物語の場所は大村。
純朴な田舎青年のもとに現れた、東京からきた女教師との恋がからんだ仕立てで、
東京者の彼女は方言に悩み、「どあろってなぁに?」と青年に意味を聞いて、
その多面性のたかい、「どあろ」という言葉を好きになる。
そして、「辛かったっちゃど~あろ、明日ゆっくり笑顔になればよか」そういう青年をも好きになる。
しかし時代は戦中。
青年が戦地へ向かう日、「待つ」「戻ってくる」と約束する二人。
女教師は、空襲の時に彼の妹である生徒をなくし、激しくショックを受ける。
原爆が落ち、戦争が終わり、ショックから立ち直れないまま彼女は東京へ去ってゆく。
月日が流れ戦地から戻った青年は、彼女が大村を去ったことと、
妹を亡くしたことを知り、荒んでゆく。
地元のチンピラの手下になり、悪どい商売をするが、なかなか彼女を忘れられない日々。
そんななか東京から彼女がやってきた。
心にはまだ傷を抱えているが、青年との約束を破ったことが何より辛かったのだ。
しかし、そんな彼女を頑なに拒否しようとする青年。
それを見かねた、青年に思いを寄せていたが一向に相手にされなかったダンサーが背中を押し、
チンピラから足を洗う決意をする青年。
そして、とうとう果たされた二人の約束。
時折々ごとに、「ど~あろ!」と頑張る人々。
肩を寄せ合い、持ちつ持たれつ必死に戦中戦後を生きてゆく人々。
場面場面で、「ど~あろ」が連発され、セリフは全て大村弁。
笑いが取れる場面ではないのに、ついニヤリと笑える舞台であった。
問題の知り合いの孫は、小学一年生の女の子のチビであるが、
作中の劇できゅうりの役と、子役をやっていた。
ミュージカルであるからして、半分は歌って踊っているわけだ。
このミュージカルは脚本も役者も市民オーディション。
半年以上前から練習を重ねているそうだ。
公演は今年は3回。土曜日の夜、日曜の午後、夜。
私は初日の夜に観に行った。
チビが出るから、と、その家族のジーサンバーサンが勢ぞろい。
知り合いが一番前で観ていては、舞台のチビが気が散るだろうと提言したが、却下された。
結局、前から3番目くらいの席に座った。
それはもう一年生にしてはほんとうにチビで、出演者の中でいちばんちいさいわけだから、
見ているほうも気が気ではない。
途中アカペラで、防空壕の中の場面で「どあろ」の歌をうたうところがあり、
チビは合いの手のように「ど~~あろっ」と叫ぶのだ。
タイミングが違わないか、踊っている時に転ばないか振り付けを間違わないか、、、、
まったく知り合いの舞台なんて観るもんじゃないッス(*´д`)=3=3
フツーに観てるより三倍くらい疲れました。
しかし、舞台の出来としてはバカにしたもんじゃなかった。
正直なところ、あまり期待はしていなかったのだ。
主役の青年は、とてもいい声をしていたし、歌も上手だった。
ダンサー役のオネーチャンは、歌も踊りも演技も素晴らしかった。
子ダンサー役の中学生か高校生に、とても上手な子がいた。
オバチャン軍団の役のオバチャン達が一番いい味だったと思う。
てか、オバチャンら、たぶん日常のまんまだし!
女教師はもうちょっと歌の声がいい人のほうが・・・と思ったが・・・
二人で歌うシーンがあり、青年の声に、完璧に負けていた(`д´)
挿入歌や主題歌は、おしなべていい出来だったと思う。
サンセット&サンライズとどあろの歌は、歌詞もメロディーも良かった。
いま、歌えるくらいであるw
黄金パターンな展開とはいえ、大村の歴史や風土がうまく表現されていて、
さすが市民ミュージカル。ジモティ~でなければ通訳がいるのでは、と思われるが。
チビが間違わず、とても可愛く踊れていたので、なによりじゃ・・・
・・・って、イカン!!年寄りな気分になってる!
ともあれパンフを観ると、市民ミュージカルに3回連続出ている役者(?)もいてびっくり。
ハマるんですかねぇ?
チビも、最後の舞台が終わったあとの「打ち上げ」が楽しかったらしく、
「またやりたい!」と言ったそうで♪
来期は赤字団体となることが予測される大村市・・・そんなモンに予算つかってんじゃねーぞ!
・・・と思っているのが本音ではありますが・・・みなさん、お疲れ様でした☆
ちなみに家一件軽々建つくらいの予算だそうですよ?