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故人をシノブ、過去をシノブ、人目をシノブ、此の世をシノブ、私をシノブ・・・つまり過去ログ。 当ブログはフリーズしています、いつか鳩を飛ばしたくなったら、 また再開するかもしれません。
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よくある、会話で使われるようなセリフ、
「えーーー!やったほうがやらないより百倍マシでしょーーー!?」
こんなニュアンスで使ったことはないだろうか。


唐突であるが、やる、やらない、をパソコン内部的に言うと、
「1」、「0」、で処理される程度のものだ。
更に、ゲーム的に言えば「フラグが立つ」か立たないか。


この程度のことに、「百倍マシ」という表現を用いるのは人間くらいだろう。

#もちろん私は猿やカエルの思考回路を知る由はないのだが。

百倍ってなんだろう。
1と0の間は、1しか差はない。
やらない、の百倍だと考えたとして、0にはいくら乗算しても0な気もする。
しかし、やる、は1なわけだから、1の差はあるのだ。

問題はこの「1」に、どれくらいの重みを感じるかどうか。
このたったの「1」の差にどれくらいの価値を見出すのか。

痛さのレベルの話を以前したが、ではこのレベル差をどの程度のスパンに感じるか、
という次の段階に繋がるだろう。


何か例はないか・・・。


ダイエットを、する、しない。
お金を、貸す、貸さない。
謝罪を、する、しない。
美白肌対策を、する、しない。
息を、する、しない。
感謝を、する、しない。


まぁ、どれでもいい。

やることとやらないことの間に、どれくらいの距離もしくは重さがあるのか。
ただの「1」の差だけではないと感じる事ができるのはアナログな人間であるが故。

私がいま述べている事がわからない人は、きっと脳がそうとうキてますよ。
あなたはヒトから離れていっていますよ。

物事はなんでも、「やればいい」ってもんじゃぁない。
そこには、何故やるのか、どんな気持ちでやるのか、またはやってくれたのか。
些細なことでもそこには大きな意義があるのかもしれない、それを忘れてはいけないのだ。

デジタル的には、単なる「1」「0」で処理される事象でも、
アナログ的には、人間の善悪の感情や理性や本能がドロドロと絡み合うような、
とにかくそんな何かを越えて表された結果なのだと思う。

でも、どんな思いで為したかどうかを、他人に誇示する人間は愚かであるし、
そう在りたくはないし、そう在るべきではない。


その「1」に込められた気持ちを、みんなが忘れないでくれれば、と思う。
その「1」に込められた気持ちを汲み取れる人間でありたい、と思う。

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ある朝、母が顔をしかめて私に報告した。
「玖島中学校で、吹き矢でふざけていたところ、吹いた矢が、女子生徒を刺したんだって!」
吹き矢は、ドライバーの先を削って尖らせたものだったらしい。
まったく、危ない話である。
ヤフートピックスでも記事になっていたので、読んだ人もいるかと思う。
下記は毎日新聞のURL
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/02/22/20050222ddp041040020000c.html



「近頃は危ない」話程度で済めばよかったのだが、これには続きがあったのだ。
今日になって、その話をもう一度聞くことになるとは。



母が、古い知り合いから電話を貰った。
「もうひどい事があって・・・もう大変なの」その内容は、以下のようなものだった。

末っ子が、学校で吹き矢に当たった。
学校では消毒液をつけて、絆創膏を張っただけで、病院にも連れて行かなかったそうだ。
矢が刺さった場所は、顔であり、頬の部分だったそうだが、奥歯にあたり、矢は止まったそうだ。
突然のことで、彼女はガクガク震えながらも、自分でその矢を抜いたそうである。
あまりの恐怖でしばらく登校拒否になったのだそうだ。



その後、吹き矢を吹いた生徒からも、その親からも、学校側からも、表面ばかりの謝罪だけ。
記事に載っているほどの謝罪は、ないという。



先日、私は学校や親の責任について記述したばかりですが、、、



そもそも学校でそんな凶暴な吹き矢を野放しにしていたとは、どういうことでしょうか?



吹き矢を刺した方は大村市の三浦に住む生徒だそうです。
実名を記載して糾弾する気マンマンなのですが、どうしましょう。



女の子は精神的苦痛を受けています。
謝罪および支払いを訴えたいところです。



運よく奥歯で止まった。
いくら血がにじんだ程度、といえ、貫通しているのではないでしょうか?
傷が残る可能性だってあるのです。
あとちょっと下、もしくは上だったなら、死亡していたかもしれません。
そのことを予想して行動をとる責任能力が、十分にある年齢だと考えます。



以前、キャッチボールの球があたり心停止した事件で、十分にそのことが予測できたはずだという認定がありました。
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/02/18/20050218ddm041040120000c.html



そんなことも踏まえて。
これ以上、詳しく載せませんが、あまりにお粗末な対応だと思っています。



女子生徒の母親は「絶対に許さない」と言っています。
教育者の監督不行き届き、加害者の親の責任、それらが全くないとは言わせません。
しかるべき対応を望みます。
また、こういった場合、どうするのがよいのか、考えています。

助かりかけて、逝き返ることはあるかもしれないが、
死んでしまって、生き返ることは無いと思う。


暫く前、NHKのニュースで、

「長崎県佐世保市の小6女児殺害事件を受け、
県教委が県内の小中学生約3600人を対象に「生と死」について尋ねた意識調査の結果、
15・4%が「死んだ人が生き返る」と回答した」

というのを聞いた。
奇しくも長崎県民である私は、佐世保の女児殺害事件も近い話に聞こえる立場だ。

更にその前にも、何処でだったか中学生が友人を殺害し、
「3回までは生き返ると思った」旨を語った事件もあったように思う。


どういうことなのだろう。
一体全体、誰が教育をすればこのような結果になるのだろうか、甚だ疑問である。

しかし、このニュースを受けた私の率直な意見は、概ね以下のとおりだ。

「バカなやつ、現実と作り物の区別もつかないガキどもが、、、
 おまえらの非常識で、ゲーマー(含む趣味の人諸々)の立場が悪くなるんだよ!!
 人として恥を知れ、死んだ人間が金輪際生き返ることなんてあるわけないんだよ!」

いわゆるアニメ・漫画オタク、ギャルゲーマニア、ホラースプラッタ映画好き、なんていうのは、
この手の事件が起こると必ず何かと批判される。

前述の意識調査での「理由」については、ゲームで見た・アニメで見た・TVで見た。

やりきれない。
とてもとてもやりきれない。

この理由が、正統であるからだ。

なぜならゲームの世界やアニメの世界やTVや映画では、
当然のようにキャラや主人公は生き返るのだから。

私のゲームのキャラだって、何度死んだか分からないし、その度に生き返っている。


学校や、教育の場で事件が起こると、必ず「学校は何をしていた、どんな教育をしていた」
という話が持ち上がるし、それに対して当然のように学校は親に頭を下げる。

私は、それは違う、と思う。
あくまで「子育て」の一環として親は学校へ通わせているだけなのだ。
子供を導くのは、親でなくてはいけないし、子育ての責任は全て親にあると思うし、
学校は、親が教えられない勉学を享受する場であり、集団生活の常識を認識させる場であり、
「社会」を経験させる場であると思う。

それを、何かにつけ「学校の責任問題」という親共を、私は浅はかだと感じる。
何より親の責任なのに。責任の在り処をすり替えてはいけない。
どんなに「出来そこない」でも、あんたらの子供なのだからあんたらがそう育てたのだから。

#そもそもこの「責任社会」についても私はいろいろと思う事があるが、また、いずれ。

どんなに忙しかろうと共働きだろうと。
子供を成したのなら、責任を果たすべきは両親だ。
太古の昔から変わらぬ真理ではないのか。

この世に正義などないかもしれないが、悪い事と善い事は、存在するのだから。
たとえ三人三様意見があろうとも、「常識」は存在するのだから。
子供が今後、人として生きていく上で必要不可欠な「常識」を伝授するのは、
他ならぬ親以外に、誰がいるというのだ?
本当の親がいないのなら、親の役割の人がやればいい。

小・中学校にもなり、人が「生き返る」などと言わせるなんて、
核家族が進み、葬式を経験しない子供が増えている事を差し引いても、余りある非常識だ。

子供が、娯楽から受ける害悪の大きさを、大人はもっと認識するべきだ。
大人のモノサシで「虚偽」だと分かる物事も、子供にとって、初めて見るものは、
それが全て「ただそこにある事実」なのだということを、忘れてはいけない。


どうか、それらを判別する能力を養ってあげて欲しい。
ゲームやTVのヒーロー・ヒロインが、「人間ではない」ことを教えてあげて欲しい。
それらを行う最良で最強の手段である「会話」で。
どんなに疲れていても、子育てに不可欠な行為を、怠らないで欲しい。
先生も、親も、周りの大人も皆、みんなにお願いしたい。

成長過程で聞いた事・見た事・感じた事を基準に、その人の「常識」は出来上がるのだ。
持って生まれた「性質」は死ぬまで変わることは決して無いと断言するが、
加えて、意識は変えることができるのだから、と断言しておく。

三つ子の魂百まで。
日本には本当にいい言葉がある。

死んだ人は生き返らないのだという回答が、100%になる事を祈ります。

PS(PlayStation:プレステ)でゲームするには、メモリーカードが必需品である。

私は「ゲームばかり」すると言われている割に、
タイトルを数多くこなしているわけではないので、そこまで切実ではない。

そこまで切実ではない割に、切実な気持ちになってしまったのは、
近頃、多数のタイトルをハシゴするようになったからである。

だから問題はなんなのよ、というと、つまり、メモリーカードですよ、えぇ。
もっと正確に言うと、それに保存されているセーブデータなのですよ。
なんと歴々と積み重なったゲームのセーブデータで埋め尽くされて、
新しく始めたゲームが保存できないではないか!!!


初代PSは、貰い物だった。
それにはメモリーカードはついていなかったので赤いのを買った。
初代プレステが昇天した時、当然カード(便宜上以降カードと呼ぶ)は手元に残した。
PS2でも、それが使えると聞いたからだ。

追加で買ったカードはといえば、ポケステ。ポケットステーション!
チョコボを歩かせたりダバスを潜らせたりと、まぁまぁ楽しんだ。
もうずっと、ポケステも、PSのカードも、中身を見ることなどなかった。
しかし、先週、PSのゲームを始めた時に気がついた。
メモリー一杯だ!!!!!

では、保存されているデータはナンなのか。
そんなにたくさんあるはずないのに・・・
記憶の糸を手繰るまでもなく、カードの中身を見れば済むことで、
恐る恐る、PS2の本体メニューを探し、メモリー整理をすることにした。

FFが7から10までとか、チョコボの不思議なダンジョンとか、
レジェンドオブドラグーンとか・・・
やはり思ったよりもタイトル的には少なかった。

しかし、自分で保存しておいて、呆れたというかなんというか、驚いた事は、
FF9に至っては、8スロット分もデータがあったということだ。

保存された場所やプレイ時間等が表示されるのを見て、苦笑いだ。
ひとつひとつデータの詳細をみていくと、
それが、ほぼ10時間ごとの節目データであることが分かった。

ひとつ明言すると、私はFFプレイヤーだ。
更に、FF7以降では、9が一番大好きだということ。

それを踏まえてもお釣りがくるゼ、こりゃ~(汗

悩む。
しばし悩む。
これから始めたいPSのタイトルは6本あまり。
つまり最低6スロットは空けたいのだ。

買ったソフトは手放さない方だが、チョコボのダンジョンは、1・2とも
もう持ってはいない。
きっとこの先、再購入することもないだろう。
消すなら、ここからだ。

・・・でもなぁー・・・ちょこぼかわいいよな~(涙
だがしかし、データだけ取ってあっても仕方がないことくらい百も承知。
これについては全て、消し!

他の何本かも、最新のメモリーだけを残して、消してみた。

次はFF9だ。
『辛いなぁー・・・消したくないなーーー・・・』
思い入れが激しいゲームのデータは、消し辛い。
しかも10時間おきにとってある。どこからでも再開できるように。

長いようで短い。短いようで長い、RPGに費やす時間。
データの画面にをしみじみと見入ってしまった。

そして、思った。

「ゲームのセーブデータは、財産なんだなぁ」

社会人ゲーマーの常であるように、コツコツと時間を見つけて進める。
しかし、、、
ゲームをクリアしたからといってリアル手元に何かが残るわけでもない。
物語は脳内世界に再現されることもあるが、それが何か具体的な姿をもって、
現実に現れる事なんて、あるはずもない。
ただ、残るのはゲーム世界に浸っていた頃の気持ちの余韻と、セーブデータだけだ。

このデータこそが、得るもの、と言えるのではないか。
とすると、セーブデータは、ゲーマーの財産だ。
これがなくなると、それまで時間をかけてやってきたことが、無になるのだ。

本物の時間を割いて築き上げる別次元の歴史。
それなりに育ってゆくキャラや街や世界に、そして迎えるエンディング。

ため息が出た。
冷静な自分が、側面からクチを挟む。
「全部消しちゃえwww 途中からまたやるなんて、アリエナイって!」
「最後のデータがあれば、いつでもエンディング見られるって!」

これは、お金を出せば買うことが出来る、物の感覚とは違うのだ。
今日、マグカップを買って来て、捨てても、またすぐに買うことが出来るが、
ゲームのデータは違うのだ。

マニア根性が、必死で冷静な自分に抵抗している。
せっかくせっかくせっかく取ってあるのにぃぃぃぃぃぃ(怒
・・・
・・・・・・
いや、ダメだ。さっきすぐにマグカップ買えると書いたが、嘘だ。
そもそも何でこんなに悩んでいるのかというと、
新しくメモリーカードを買ってくるのが惜しいからだ。
そこそこ冷静な自分が、古いデータを消して使えと判断したからこそ、
いまの状況があるのだ。
FFの中に、百万ギルあっても、私の財布には三千円も入っていないのだから。

決定。
ラスボス戦直前のデータだけ残して、消し!!!!(号泣
これで新しいゲーム始められますとも・・・

はぁ・・・(*´д`)=3
いつか、データを消さないでいいくらい、富豪になりたい。
やっぱ切実だった。

さて、両親は私がゲームばかりしているのが、気に入らないようだ。
しかし四六時中そうしているわけではナイという事を、彼らは認識しているのか?
自ら再認識するためにも、軽く一日の流れを追ってみることにする。

私の一日は、案外遅く始まる。起き上がるのは朝7時半過ぎである。

低血圧気味で、寝起きが悪い。
ゲームで寝不足だから、では断じて、ない。

起きる、朝食、洗顔、化粧。
↓
朝食皿洗い、居間、台所の片付け・掃除・ゴミ捨て等。
↓
犬の朝の散歩、出勤、仕事。
↓
昼食の準備、昼食、続けて皿洗い。
↓
犬の昼の散歩、仕事に戻る。
↓
仕事他雑用。
↓
夕方の犬の散歩。
↓
夕飯の準備、仕事の片付け・打ち合わせ等。
↓
夕飯、食後・皿洗い。
↓
風呂。
↓
ゲーム。
↓
就寝。


注意点は、当家は小企業だが自営業だということ。
家と会社は同じ敷地に建っているので、出勤も帰宅も大したコトではないのだ。
父が社長、母が専務、社員が二人、一人娘の私は成り行きで事務員をやっている。
さらに断っておくと、私は主婦ではないし、デモ鳥でもない。

こんなに家事をこなして、家業を手伝っていても、ゲームばかりしていると言うのだ。

日常的に、ゲーム。 へ辿り着くのは夜9時半過ぎ頃で、就寝は必ず夜12時半前。
寝不足にならないように、当然の気配りである。

そのうえ、日曜日は昼真っからゲームをすることは、殆どない。
他の趣味である、お菓子作りやガーデニング等をする。
もちろん、買いたいものがあるときは買い物にだって出かける。
明るいうちじゃないと出来ないことから行動するようにしている。
ゲームはお天道様の高いうちから遊ぶようなモノではないのだから、
夜になってからすれば、それで十分である。


社会人として、仕事から帰って飯食って風呂から上がれば、
その後は「自由時間」だという認識が、間違っているのだろうか。
そんなプライベートな時間に、法に反すること意外であれば、
何をしようと概ね自由なのではないか?

そう思っているから、私は大威張りで、ゲームを毎日やっている。
しかし、その時間を死守するための努力は、惜しんでいない。

小さい頃、耳にタコができるほど言われたことのひとつに、
「(宿題・家事など)やることやってから遊びなさい!それなら文句言わないから!!」
というのがある。皆、一度は言われたことがある台詞であろう。
親が言うのだから、間違いない。だから、そう信じて、育ったのだ。

文句も言わず家の手伝いをして、宿題をしていた。
それは今でもかわらず、、、いや、むしろより一層、家の雑用に励んでいる。
それは何ゆえか。
ゲームばかりやっていると文句をいわれない為に、である。
そう言われることに対して負い目を感じることが有るようでは、
大好きなゲームに申し訳が立たない、そんな気持ちになるからだ。

それなのに、特に親父は文句を言いたがる。
やることを十二分にやってから遊んでいるにもかかわらず、だ。

だが、何かゲームについてケチつけようとすれば、私の返り討ちに遭う。

「やることやってから遊べっつったじゃん、
もうやること終わったから、カッテデショーw」

そうだとも。
私は、世間では「よくできた娘」で通っている。当然だ。
母親に向かって「近頃の嫁ゴは(怒」と、まるで姑のように小言を言うくらいに。
それくらい、生活で起こる雑用は総じて私がやっているのだ。

両親の躾の賜物と、言えなくもない。
だが、おそらく厳しく躾すぎたのだろう。
因果応報、とでも言うべきか。

今になって私が、両親にオウム返しのようにクチうるさく言い聞かせる他に、
昔、再々言われたことを盾に取り、ゲームに対する不満を言わせず、
そうやってまで、私はゲームをする時間を確保しているのだ。
たった一日3時間を。

だから最近、自部屋にゲームの時間がきて篭るとき、
「ひきこもるなりっ」と宣言している。
それは、そんな貴重な時間を、邪魔するな!さもなくばキレるぞ~(怒)という、
私のササヤカな戦線布告なのである。

守りますとも、貴重な時間ですから!!

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